小説

突然の電話だった。
もう来ないはずの電話。
待たないことを決めてから一月ほど経っていただろうか。
驚きと戸惑いと、沸き上がる切なさで、携帯をもつ手が震える。出ないことなどできようもなかった。
「……はい。」
「よかった、出てくれて。会いたいんだ」
「……」
胸が苦しくて、体が芯から震えてきて、声が出なかった。
とめどなく溢れてくる感情と冷静になろうとする頭とが体の中で激しくぶつかって、苦しさで目眩がする。
「……無理なの分かってるでしょう」
搾り出しすのがやっとの声だったかもしれない。
「会えないのは私じゃなくて、あなたなんだよ……」語尾が震えてこれ以上は話せない。
涙が込み上げてくる。助けて!
「もう、いいんだ。そんなこと関係ないんだよ。
ただ会いたいんだ。」
泣き声を堪えるのがやっとで、何も答えられない。
頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしていいのかわからない。
「何があっても守るから、全部ちゃんとするから信じて。今すぐ会おう。こっちを見て。」
えっ?こっち?
鼓動が激しくなる。街の喧騒が遠ざかり、気が遠くなるようで倒れそうになる。
辺りを見回そうとして足元がよろめく。
その時、懐かしい香りに抱き締められた。
そうしてこの瞬間に、私の中の何かが折れてしまったのを感じた。
「会いたかった」
そう言って強く抱き締めるあなたを、もう突き放すことはできなかった。
「間違ってるってわかってる。誰かを傷つけるってことも。でも、君とは離れられないよ。
お願いだから側にいて。必ず守るから。
そうして、全てちゃんとするから。」
何も言えなかった。
ただただ彼のシャツを強く握り締めて、微かに頷くのが精一杯だった。